この記事は
mstdn.beer Advent Calendar 2021 - Adventarのどこかにに該当するやつです
皆様お久しぶりです。いつものお姉ちゃんです。覚えてますか?
何気にしぶとく生きてますいやそうでもなかったか
気分も気持ちも(それは大体同じものだぞ)イマイチ以下加え足を痛めたまましばらくは歩けなかったりとかもあり(全然治んないですね歳を感じます)パッとしなかった為、SNSと東京から離れて顔にヒビを描いてみたり南無阿弥陀仏と書かれたコートを着たりもしていました。けれど特に何も変わってはいないらしいです。
本当は静かな師走にとも思ったのですがまぁアドベントナンタラもお決まり事になっておりますし少し復活がてら綴ってみようかと。
閑話休題そして始まりの挨拶
みんな携帯電話とか好きだよね?そりゃ好きだよねインターネット万歳でしょう
そんな皆様に秘伝のタレみたいなこってりしたやつ(になると思うので)をどうぞ。
我が家に幾つか存在するパンドラの箱をひとつ、日の当たる処に出してみました
IBM FRU:39Y8678 本来の中身はSystem Board for eServer xSeries 226 (8648) Serverのシステムボードですね。この(社内専用の)部品番号はすっかり覚えてしまっている位発注も交換も交換も交換もしまくった因縁ある部品の一つです。いやそんなのはどうでも良いのです……
タイトルの通り(とか言いつつ、この時点ではタイトル決めてません)地獄の釜が開かれました……パンドラとか地獄とかもうそういうもんじゃねぇ歴代使ってきた携帯電話の墓を再び開いたんだよ。(貰いものも有るのよ)
そんな訳で今回も激しく長い長い記事モドキになると予想されますし付いてきてお願い
先ずは携帯電話とPHSを分ける作業から着手しました。製造年月日ソートは数的に不可能と判断しましたし何ならPHSか携帯なのかの区別も古くて型式頼りだったりもするのでもう既に飽きてきてます。そして今回はPHSを除くあくまで携帯電話のみとします
スタート!!!!!!
J-PHONE J-SH-04B 2000年発売の携帯にカメラが初めて搭載されて話題になった名機です。が、私その当時「携帯にカメラぁ?んなもん要らんでしょ」と今思うと寝言を宣って敢えて選んだのが同モデルの「カメラ無し」という末番にBが付くレアなのをわざわざ購入
ほら、カメラ部分の丸い箇所がブランクになっているという。BlankのBですね
何故カメラ付を買わなかったのかと今でも不思議ですね……
ストラップはキラキラ輝くインターネットイニチアチブジャパンが。キラキラ蛍光色具合が21年前を彷彿させます
はい次!サクサクと行きましょう
時代はまだIDOのC301T 名前の通り東芝製です。6台持っていたと記憶してましたが5台でしたしこの頃のCDMAoneにはクアルコムのチップが指定されてますね
言うてたった21年前ですよ?
そこで同じ東芝製、更にここから5年前(1995年製)のツーカーから発売された、これが東芝の携帯市場デビューモデルでTH341です
やる気がないのでブレブレなピンのままです。5年でネットワークが1Gから3Gまで一気に進化した時代ですねぇ(TH341はモノクロ液晶半角カナのみの表示)
あ、TH341は重量240gです。スーツのポケットに入れていると重かったよ(と今どきの7インチタブレットと同じ重さ)
同じ1995年の携帯電話一気に盛り上がってきた頃の日本電気製が真ん中と左
流石NEC真ん中のストレート型は200g,折り畳みモデルは250gというこの迫力
なんだよこの厚さ……
時代は流れて1999年世紀末の頃、松下電器製はほらこんなに細くなりました(P831)
ボタンのゴムが加水分解でもうボロボロだよう
NTTDoCoMoのサービスとしてドッチーモというう名前で携帯電話090とPHSの070 2つの電話番号を1台で使えるってのがありましてですね……(ボイスワープでは無い)
掘り出したら同型機が4台ありました。当時この松下のシリーズは売れたんだよ良かったんだよ
一番左のEB-PD350がとても綺麗なのはこんなケースに入れたままだったから。アンテナ長いのよピーン!っと(時代的にはまだ光るアンテナの類は発売されてません)
同じ世代のを漁るとまぁ同じようなサイズなのがいくつかありました
左から先程の松下電器製 その右はなんとKENWOOD製そして東芝,京セラ製です。この頃から京セラは確かに有りましたがKENWOODお前……
KENWOODだけアンテナがホイップなんですよ(伸びないやつ)まるでハンディの無線機みたい(いえ立派としたハンディ無線機です)
そしてまだ時代は2000年前に携帯電話の進化は小型化へと進んでいきました
DoCoMoでいう203辺りの世代です。左から
NEC(そこそこ売れた)
松下電器(すごく売れた)
KENWOOD(私しか持ってる人知らない)
三菱電機(この頃から半分パカパカばかり作り出す)
三菱電機(ちょっとやることなくて画面が大きくなってきた)
日立(日立携帯作ってたの?と当時からよく言われた)
ここで噂のKENWOOD製のバッテリーを覗いてみましょう
玩具かな?(この手法のメリットはコスト安 よくPHSでも自宅のコードレス電話機でも採用されていますね)
さてさて、次はDoCoMoで言う206世代辺りを復習がてら並べてみました
解説が大雑把になってきました。だって終わらないんだもの
左から
NEC(日電関係者は皆これだった)
松下(よく売れてた。私が色違い持ってる位だもの)
これも松下(当時転写で本体をデコる業者とかやっと現れ始めた)
京セラ(フリップなので三菱電機かと思ったら違ってた)
ラストはなんとデンソー(J-PHONEがキラキラした素材を使い始めて個人ユーザーへ媚びを売り出したころ)
そして2000年に戻ってきました!!!
そろそろiモードの時代が動き出し始めた頃でもあります。左から
松下電器(DoCoMo向け 軽くて小さく薄くて当時この色付は珍しく人気)
松下電器(J-PHONE向け 見ての通り中身は一緒 青とピンクで私はピンクを選んだ)
東芝(だっさいロゴにCIしてしまったAUのアレ ezweb時代到来)
再びの日立(東芝も日立もCDMAは全部クワルコムチップしかなくライセンスで本体裏に社名入れないとならなかったやつ)
ダサい三菱電機(安定のダサさとフリップ外のデザイン統一性の無さ)
同上三菱電機以下略
三菱電機以外のメーカーは、皆UI/UXがなんとなく揃ってきたかなあというメーカー変わってもなんとなく使えるなあという頃、まあ三菱電機はなぁ……てな悪口です
あ、珍しい機種をいくつか忘れていました。例えば
1997年製造なので国際電気が日立電子、八木アンテナと合併する前に作られたDoCoMo向けの誰得機種。モノは良かったんですが如何せん昔からコンシューマ向けとしてメーカーの認知度の低さからうちら通信屋の好きモノが使うだけという始末
そしてもう一台は
ジュワッキー!!!
何気にNEC初の折り畳み携帯と言われてます。(が、1年前に東京デジタルホンから折り畳みでてるんだよね前記TH341と一緒に貼ったあの折り畳みがそう)
受話器のような質感と通話はとてもよかったのをよーく覚えてます
長いアンテナもなんのその
さて、そろそろ残るは折り畳みパカパカな携帯でも紹介していきましょうか……の前に
iモードが来たぞ!カッコいいやつ作ったよ!!という富士通の力作F501i
デザインだけでなく実際にキー配列や打ちやすさが優秀で当時は人気機種でした
確か代々木のDocomoタワーの中でFOMAのアレコレをしていた時に私丁度これ使ってましたねを思い出しました。あの代々木の時計台タワー、高層階は見た目の通りとても狭いタコ部屋なんですよ(そして他社の電波が届かないという頃もありました)
分かり難くも素敵ポイントはF501iの文字部分だけ少し膨らんでいるデザインなんですよ
なんですかこの拘りは。金型のコストとかあまり考えていないいい時代でしたね
OSはNTでprocessorはPentiumIIらしいです
そんなiモード素敵端末に対抗するべくJ-PHONE&vodafoneが出していたのがこれ
中身実は三菱電機製。やれば出来るじゃん三菱電機!! この機種は当時からコアなファンが居ましてギリギリまで使っていた方多かったですね
さて、次は皆さまご存じくるくるピッピッな奴です
防水とかそんな機能の為に消えてしまったInputデバイスとして確立していたが為に世代が変わっても設計がこれほども変わらないものも珍しかったなって思うんです(そしてとても使いやすかった) UNIX使いが3ボタンマウスに慣れてる世界でホイール付き2ボタン(ホイールがボタンにもなるので3ボタン)のマウスは今でこそ当たり前ですが1995年のツーカーでこれを発売したソニーはまあ凄いんだなと。
久々に握ったらやはり初代のデカさのが手馴れてるし使いやすいとしんみり。
前にも書きましたが左から右までたった5年の間なんですよ。こんなに薄くなりました
基盤もバッテリーも液晶も全てがすごい勢いで進化していた頃ですね
AUにも半透明キラキラの流行りが来てました。AUはこの10年後にau design project としてX-RAYと後々にFx0を半透明で出して来たので思うところはあったんだと思います知らんけど
ま、貼るよね何かは何かとして……
このカレンダーを書く際掘り出した携帯のバッテリー(とそのカバー)は基本開けてみているのですが何かが貼ってあり何かを思い出しました……昔のお話です(話さない)
/* intermission */
やっと折り畳みパカパカ(当時はそれが主流なのでパカパカとは誰も言わなかったが)
取り敢えず最初は東京デジタルホンですがその後のNTT&NECを所有時系列に並べてみました
改めまして左から
1995,1996,1997,2000,2003年製造です。こう見るとラストのFOMA端末の綺麗さといったら。NECの折り畳みの技術はとても凄くて皆歪みもズレもなくいい音で開閉しますね。後で出てくる他メーカーとは大違いだよ!!
真ん中のキティベタベタはこのまま私生活で使っていました。自分でALADIN使って自分の携帯を登録した初めての機種でもありましたしなんだかとても懐かしい
って次の撮影しようと掘っていたらNTT&NECの折り畳みがまだ出てきました
追加で1998,2001年です。毎年買い換えてたんか……
どこから見てもNECですとしか見れなくなる魔法でした。
はい折り畳み継続します!!
左から
NEC,SANYO,東芝,カシオ,シャープ!!もうキャリアなんかどうでも良くなってきたけどSANYOの赤い奴はとても使いやすかったのはよく覚えている
シャープ株式会社……この頃まだこのフォントロゴの頃だったのか……
しかし私何しているんだろう。アドベントカレンダーってそもそもなんだっけ?と思い出したのでそろそろ終板に向けて頑張ります
なんだこのウルトラマン的なカラーリングとデザインはの2003年の日立製
機能はそこそこでは有りましたが特化するべきは回転するカメラ部!!
まだ液晶側インカメラを自撮り用に別に付けるという概念が無い昔にASUSのZenPhone8 Flipみたいな事をやっていたんです。生まれる時代が早すぎたんだよ……この端末のprocessorは日立オリジナルで作ったSuperHという力の入りようだったけど案の定超不人気のまま一瞬で市場から消えてしまいましたとさ
再びソニーのくるくるに戻ります
はい左から!
SO502WM(ウォークマン携帯)(当時非常に高価なメモリースティックを刺して使え)
SO504i(502のセンターダイアルすぐ横に左右ボタン置けばよくね?と気づいたらしい)
SO505i(504を変態変形にしてみました)
SO505iS(センターダイアルはゴミ入りそうなのでリングにして回せるようにした)
変態変形端末に仲間があらわれた!!(AUしかも京セラ製)
ソニー製はどちらからも回せて
こうなる。当時から何かがおかしいし今見てもなんでそうなった感が拭いきれない
京セラ製はこちらにしか回せないが
結局3台ともこうなる。この必要はあったのかと小一時間問いたいがカッコよかったのはそれはそう。
尚背面はカメラに手動シャッターがある。そこは京セラも足並みそろってる
久々にシャッター開けたら流石に少し渋い動きでしたが現役の頃は軽やかでした
そしてこの流れで続きます
はい。無骨なvodafone(シャープ製)とカシオ(2台目ですねレアですよカシオ)
ぐるりと回して
パタンと液晶を表側に出来ました。こんなのよくあったとお思いでしょうけどポイントは別にタッチパネルでもないディスプレイが表になるからなんなんだよという点
自撮りは大きく見えて便利だったでしょう(自撮りとかまだそんな時代じゃない)
あ、ソニーのくるくるを1台忘れていました。AUの販売という珍しさ
特筆するものはない機種です。唯一の売り文句は
この表面のパネルが色々種類あって交換出来るよ!!って位。確か当時浜崎あゆみがCMしていたような(結構どうでもいい)
どうでもいいついでに
2001年、なんかこんなデザインも流行ろうとしていたんですよ何かのコラボだったような記憶が……知らんけど
TU-KA最後の足掻き的な端末ですね……
いよいよラストに近づいて……いるはず。
みんな大好き私が1番好きな縦スライド機種です
大体この頃になるとNTTがライバルとなる会社所属だったので他キャリアとしてAU使いになっていました。左から
W31S(現存しているのが2台だけで4台は使い潰した1番のお気に入り)
W42S(ウォークマンとして結構使っていたUI/UXがとても良き)
W31SA(特化すべきことはないですね。安かった位?)
この状態から左手中指先のスライドスイッチを触れば
しゅこん!!!っとスプリングで開く!!この快感!!
マクロがぶれますね……これは親指で
すこん!!!っとこれも気持ちよく開くのです
W31SAはぬるっと開く感じ。ソニー慣れしてしまうとどうも、ねぇ……
あ、キーは打ちやすいんですよこの端末。そこは良かった
SonyなんだかSonyEricsonなんだかもう当時の統廃合のバタバタは過ぎたお話。
カメラレンズにシャッターはなんかずっと付けたかったんだね(スライドでシャッター開いたら自動的にカメラアプリ立ち上がるようになってる2005年の携帯電話
音楽が苦労せずに聞ける携帯電話はこれが初じゃないかと思います(前記のウォークマン携帯はメモリー容量やバッテリー問題とかで大変だった)のを思い出しながらメモリースロット見たら512MBのDuoが刺さっていた!!何の曲が入っているか微塵も覚えていないし今MemoryStickを読めるリーダーなんか無いよ!!怖いよ!!
あとどうでも良い話ですが華麗な淫乱ピンクの携帯電話ってなかなかないものだったのでそれはもう使いこみましたね
そしてオマケ
PHSは今回載せないと言いつつちょっと(どころじゃねぇ)変わったものが眠っていたのでご紹介。回線はPHSを使い音楽ストリーミングを外で聴こう!というPicwalkたるサービスが2001年にスタートしていたんですよ。今でこそ音楽ストリーミングサービスは多々ありますがその極めた先端の先っぽがコレ。20年前既に1度構築してサービスインした実績は称えるべきかなあと。
I/Oは画面とボタンとSDスロット、そしてイヤフォンジャックのみ! こんなデバイスもサービスも誰も知らない悲しさ
で、後2台違う箱から出てきました。ごめんなさいごめんなさい
人生3台目のカシオ。これ2008年ですってつい昨日じゃないです来年そうそうに停波しますけども
何かと並行利用の業務用として大活躍してました。お疲れ3Generation
そしてこれも
間違いなくピンクなので買いましたしデジカメ兼用になるスペックを当時は持っていたので文句なく愛用でした
ガリガリですがスライド動作は今も軽やか。これも2008年の製品ですって。昨日だよ
なんというかカメラにSIM載っている感じの最初でもあったな
2GBのmicroSD入ってた!中身見るの怖いシリーズなのでそっと戻し。
お疲れさまでした。やっと箱が空になりました
今回は触らずにいたPHSはこちらです
数を数えつつ再び箱に詰めていきます……確か全部で100はあったはずと記憶はしていましたがPHS:22 携帯84 合計106 あれ?なんか増えた?気のせいと思っておきます
※追記 PHS1台別場所から発掘し合わせたので107になりました。あと何かしら1台位出てくると思うので煩悩としてナンタラです(PHS通信カードはカウントしてませんし)
さて、
〆の言葉をなんて綴ってみようか、久々に長話を(テキストですが)(一方通行)したのもあり30分以上天井を眺めていましたがどうにもスッキリしません。こんなのが1年近く低空飛行的に続いている気分なのです。そんな身も蓋もない台詞で閉じるのもどうなのよ?と自問しつつ取り敢えず店広げた端末を仕舞っていると1台思い出しました(結局何か書くんかい)
よう相棒久しぶりだな的な貫禄を見せていますがコレ単なるPHSです。ストラップ(私物だしそもそも本体が私物だ)からして滅茶苦茶仕事で電話しまくってました(この頃のウィルコムにはウィルコム同志だと通話無制限プランがありまして上司部下同僚へとオフィスに居ても固定からよりこっちで掛けていました。
本当にたまたまなのですが充電器(専用コネクター)も出土したので早めに繋げて放置していましたがなんか動きそうな予感が……
日本初のスマートフォンがWS-003SHという初期モデルでそれから使ってはいたので勝手知ったる4代目 2007年に存在した国産スマートフォンです。なんでも出来たのでよく公私共に遊んだもんです
お!電源入った!バッテリーも妊娠していないしなんとかなるか
やったぜMicrosoft Windows mobile 6!!
14年前の私へ。こんな小さな画面とフォントで私本当にmail打ってたりしていたんですか? 老眼つらいです……今の私より
年月日と時計さえ合わせたら何事も無かったのような普通の(こんなの普通じゃねえよ)Windowsが立ち上がりましたしデータ類も全て当時のまま残っていました。左手に持っているスタイラスらしきものは爪楊枝です。これ昔は指とキーボードだけで操作していたのか?とか思うと人は意外と簡単に衰えるもんですね(加齢って言うんだよ)
このWH-011SHだけはパンドラの箱に戻さず暫く(再び)遊んでみようかと思います。無線LAN内蔵してる筈だしなんとかなる!はず!
やっと終わりになると思います。結局何が言いたかったかも自分も分からない単なる棚卸みたいなまとめになっていただけですね。
最後まで読んでいただければ幸いですとこのメッセージが頑張って届きますように祈っておきます
ps.
これは
広げるとなんと通話が出来ます
カバーを取り
何処のご家庭にも何台かあるhp200LX等を用意しまして
32kbps通信でパソコン通信しながら歩けるようになるんですよ!!すごいね!!
(※PHSは停波済みです)
(8,356文字 画像102枚 全240MB)お疲れさまでした
おしまい。かしこ(^_-)-☆